青の時代 (小説)

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青の時代』(あおのじだい)は、三島由紀夫の5作目の長編小説光クラブ事件を題材とした作品である。1950年(昭和25年)、文芸雑誌「新潮」7月号から12月号に連載され、同年12月25日に新潮社より単行本刊行された。現行版は新潮文庫で重版されている。翻訳版はスペイン(西訳:Los años verdes)をはじめ、各国で行われている。

概要[編集]

厳格な父親への反感を胸に徹底した合理主義者として成長した秀才青年が、大金詐欺に遭ったことをきっかけに、高金利の金融業を設立する物語。うまく行くかと見えたカラクリが崩壊し、挫折していく孤独な青春と、激しい自己反省癖と自意識過剰の異様な内面が、シニシズム溢れる文体で描かれている。

主人公・川崎誠のモデルは、闇金融「光クラブ」の社長・山崎晃嗣である。『青の時代』執筆前年の11月に「光クラブ事件」が起こり、戦後の世相を騒がせた。この事件は、高利金融会社「光クラブ」を経営していた東大法学部3年の山崎晃嗣が、物価統制令銀行法違反に問われ、多額の債務を残したまま、27歳で青酸カリをあおって自殺したというものである。山崎は「アプレ青年」と呼ばれた。

なお、本作では主人公に自殺の用意の暗示がある程度に留めたまま終っている。実際の社会的事件をヒントに描かれてはいるが、三島は主人公を戦後のアプレゲールといった限定された世相とはやや切り離し、独立したひとつの性格悲劇として描こうとし、そこに作品の魅力と独創性があるものとなっている[1]

三島の創作ノートには、主人公の性格と、反対的な性格の人物を構成する点について、「生れながらの存在にはどうしても負ける。自分を『生れながらのもの』ではないと感じることが、彼の生れながらの性格である。生れながらの存在を象徴する人物(作中の易)は、主人公が偽物の行動にとりかかるとき、間歇的に、すつと姿を現はす」[2]と説明されている。

作品背景[編集]

『青の時代』は、山崎晃嗣の死から半年後の初回掲載という締め切り日に追われ、『愛の渇き』と『純白の夜』との執筆時期とも重なり、発表までに充分な期間が取れなかったため、準備した創作ノートのかなりの部分が使われずに、集めた多くの資料が発酵しないまま完成度の低い作品となってしまったという[3]

三島は、「資料の発酵を待たずに、集めるそばから小説に使つた軽率さは、今更誰のせゐにもできないが、残念なことである」と述べ、「文体も亦粗雑であり、時には俗悪に堕してゐる。構成は乱雑で尻すぼまりである」[2]と自己反省している。しかしその一方で、「それにもかかはらず、この失敗作に、今なほ作者は不可思議な愛着の念を禁ずることができない」[2]とも述べている。

また、三島は知人の編集者への手紙に、山崎晃嗣の顔が軽薄で生理的にいやだと書いている[4]。いやな人物を書くよりも、好きな人物、理想の人物を書く方が楽しいし集中できるという三島の頭は、本作を執筆中にすでに次回作の『禁色』へのメモが書かれており、そちらへの構想の方へ占められていた様相となっていた[5][3]

あらすじ[編集]

川崎誠は1923年(大正12年)、千葉県のK市(木更津市)に医者の三男として生まれた。父・毅は地元の名士として地域の人間に尊敬されていた。誠がまだ幼いある夏の日、父は三人の息子たちを引き連れ鳥居崎海岸まで歩いていた。誠は以前から欲しくてたまらなかった文具店の店先に吊り下がっている大きな鉛筆の模型の前で立ち止まった。それは緑色の光沢の6面に、まばゆい金文字を誇示しながら廻る大きな鉛筆だった。その前を通るたびにねだる誠に母・たつ子は、「あれはだめ、あれは売物じゃありません」と言いきかせていた。立ち止まっている誠に気づいた父が戻ってきた。父は意外にも叱らず、店主に頼み、その鉛筆の模型を買ってやった。幼い誠は鉛筆を持って喜んで家に帰ろうとしたが、父たちはどんどん海岸へ歩いて行き、誠もついて行かなければならなくなった。大きな鉛筆はだんだんと苦しく重くなり、誠はやっとの思いで海岸に着いた。すると父は小舟を傭って息子らを乗せると、誠に教訓めいた訓示をたれ、その鉛筆を海に捨てるように命じた。誠は必死で抵抗したが、鉛筆は捨てられた。海に流されてゆく張子の鉛筆を見つめ、誠の体は悲しみでいっぱいになった。

成長した誠は、心の中で厳格で偽善的な父・毅を憎み、父が羨んでいる東大教授になって鼻を明かしてやろうと思った。しかし、愛している息子が東大教授になることは父も望んでいることであった。誠は世間の様々なことに懐疑的だったが、真理や大学の権威は疑っていなかった。誠は飛び級で一高に合格した。父は上機嫌となった。理屈的で合理主義の誠とは対照的に、再従兄の易は勉強は不得意だが、飛行機や軍人に憧れる屈託のない少年であった。誠は易を馬鹿にしながらも、何故か彼の話に大人しく耳を傾け親しみを持っていた。易は兵学校を落ち、海軍下士官となり、誠は陸軍主計少尉で終戦を迎えた。戦争での体験から、誠は世間に対し、よりいっそう懐疑的、偽悪的になり、易はその後、共産党に入党し、川崎毅家へ出入り禁止となった。

東大生の誠は、一高時代からの友人・愛宕と昼休みに屋上にいるときに、図書貸出係の野上耀子と知り合った。耀子は、「男は愛さない。お金しか愛していない」と宣言する東京のお嬢さんだった。耀子は大学教授の娘であったので、知的優越を信仰している誠は耀子に興味を持った。誠は耀子が精神的に自分を愛しはじめたら、その時に捨ててやろうと考え、3年間の図書館通いをした。耀子から、「あなたに50万円の自由になるお金ができたら結婚してあげる」と言われた誠は、父から財産管理の手習いのために託されていた15万円の預金を元に、株を始めた。誠は2万円を損した。そして「荻窪財務協会」と称する偽の会社で、事業投資金融詐欺に遭い、まんまと10万円を騙し取られてしまった。誠は投資先の輸出玩具会社の担保物件の製品として案内されたガレージで、巨大な緑色の鉛筆の中に文房具一式が入っている玩具を見た時、金を持って来ることを即決してしまった。

詐欺に遭った悔しさから、誠は愛宕に誘われ、中野区本町通りに「太陽カンパニイ」を設立し、金融業をはじめた。派手な新聞広告やサクラを使い、投資家から高金利を約束して金を集め、これを個人や企業に貸し付けた。耀子も事務員となった。ある日、誠は電車の中で、自分を騙した「荻窪財務協会」にいた詐欺師の手下と出くわした。誠はその路上生活をしている酔っぱらい男も「太陽カンパニイ」で使った。規模は拡大し株式会社となり、事務所は銀座に移り、耀子は誠の秘書となった。しかし処女の耀子は誠にまだ靡かなかった。

誠の母・たつ子が易を伴って上京し、「太陽カンパニイ」にやって来た。高利貸しになった息子を見て、母は泣いた。誠は母と易をダットサンに乗せ、トラックを引き連れて浪費家の元華族の家への取立てに行った。乱暴な取立てのやり方だったが、誠が腐敗した階級をやっつけるための社会正義の熱情でやっていると勘違いした易は、誠への友情のつもりで急に取立てに協力しだした。事務所に戻り、誠は熱くなっている易を嘲笑するかのように、封筒に金を入れ彼に渡した。金欲しさでやったかのように侮蔑された易は憤然とし、「君にはもう人間らしいところが一かけらもない」と言って出ていった。

誠は事務所にいる耀子に沢山の書類を渡し残業を命じ、自分は築地にある自宅のアパートへ帰った。そして事務所に電話をかけ、耀子に数枚の書類を持って来させた。誠は耀子が精神的に自分を愛するまでは手を出さないつもりであったが、その晩、彼女を無理やり襲った。タクシーで耀子を帰す時、誠は彼女に重要な書類と称して封筒を渡した。翌日出勤した耀子は、午前中で早引きしたのを最後に事務所に来なくなった。耀子は税務署の男の恋仲となり、「太陽カンパニイ」の収入を密告していたのだった。耀子は処女ではなく、男の子供を身ごもり妊娠3ヶ月であった。彼女に渡した封筒には、誠が探偵に調べさせた報告書が入っていた。

誠は以前から、亜砒酸を常に携帯していた。愛宕はそれを知っていたが、金詰りの先が見えた「太陽カンパニイ」に見切りをつけて出て行くと言った。彼は取引先の縁故で安全確実な会社から引抜かれたのだった。誠は今更ながら愛宕を憎んでいたことに気がついた。早春の午前の街を誠は歩いた。とある建物の2階にある喫茶店に入って奥の席につくと、反対側の光のあたる窓側の席に少女と話す易がいた。二人の身なりは粗末なものだったが、頬は光沢を帯び、ほつれ毛は金色に輝き白い歯を見せ笑い合っていた。どこにどうしていようと易は易であった。誠はそんな彼を見て、羨ましくもあった。何かを手帳に書こうと思った易が、少女から鉛筆を手渡された。易がいそがしく何かを書いているその緑色の鉛筆と、日光にひらめく金文字に、誠は見おぼえがあるような気がした。幼時のかすかな記憶の中の、「誠や、あれは売り物ではありません」という声が、瞬時に誠の耳の奥底に響き消えて行った。

登場人物[編集]

川崎誠
1923年(大正12年)、千葉県K市(木更津市)生れ。肉の薄い鼻の高さが冷たい印象。やや薄い眉と少し突き出た顴骨、見ようによっては軽佻な反りを示した唇と、意志的な顎。澄明な瞳と神経質な筋張った肉体。男らしい果断とか明朗さに欠ける性格。
川崎毅
誠の父。内科医で医院を開いている。柔道三段。子供の教育に厳格。地元の名士として地域の人間に尊敬され、人格者で通っている。父親(誠の祖父)は佐貫藩の藩医の出。
誠の兄たち
誠の兄二人。父に忠実な兄弟。上の兄は冷酷。京大に進む。下の兄は誠の3歳上で、誠と比較的仲がよい。
川崎たつ子
誠の母。弱虫で無定見。夫に全く逆らえず、夫と誠の諍いにも機転のきく仲裁ができない。実父は千葉医大の教授。
誠の再従兄。幼年学校の入学試験を落ちて、誠と同級となる。学業は不得意だが、快活で自然な素朴あり、正直で善良な青年。色が黒く岩乗。
兵隊婆あ
50代の色きちがい女。軍用トラックにはねられて死ぬ。
作文の先生の奥さん
誠の中学校の教師の妻。心臓脚気の持病があり、毅の患者。誠が父の悪口を書いた作文を、先生が父に見せないように誠から頼まれる。大学生の男と密会する。
女乞食
子供を抱えた盲目の乞食。
床屋の親父
川崎一家のいきつけの床屋。誠に期待している毅の親心を誠に教える。
川崎医院で働いていた看護婦
笑うと目の中に漣が立つようなきれいな目。誠の初恋。結婚し辞めていった。
一高の寮委員長
22、3歳。目の鋭い、痩せぎすの和製ダントンといった感じの青年。
一高の風紀点検係委員
委員長の演説中に、笑った誠を怒鳴る。
勝見
一高の先輩。寮の同室者。尊大ぶらない人柄。
愛宕八郎
小鼻のふくらんだ赤ら顔。耳が動く。一高の同級で寮も同室なことから、誠の友人となる。飛び級で入学した誠はより年上。東京出身。洒落地口の才能がある。抜け目のない極楽蜻蛉。母一人子一人の家族。金融業をしている叔父がいる。
バア・モノドのマダム
大年増。
朱美
モンドのウェイトレスホステス)。丸顔で瞼に幼いふくらみがある。どこかむずがっている子供ような趣の唇で、涼しく汚れのない瞳。涼しげな歯並。しつこく本名を聞かれ、誠を嫌うようになる。
与太者風の青年
朱美の男。誠と喧嘩しそうになる。
野上耀子
細面の顔。明るい乾燥した響きのある声。軽快に動く実意のない瞳。ほっそりした背中。父親は九州帝大の政治学教授だった人物で、右翼政治家と交渉が多く、粗放な金使いのために家の生活は楽な方ではない。住いは世田谷区豪徳寺にある。戦争中から徴用のがれで東大の図書貸出係をしていた。
モンペ姿の女
耀子の友人。醜い寡黙な娘。
大貫泰三
詐欺金融「荻窪財務協会」理事長役。元教授というふれこみ。悲しそうな慇懃な調子の憂鬱そうな小男。を病んでいる悪党。
猫山辰熊
大貫の手下。中年男。洗い立てのまな板のようにつやつやしている真四角な顔。小さな口が裂けんばかりの演説口調で物を言うさまが、何か押えきれぬ誠実という印象を人に与える。のちに「太陽カンパニイ」の顧問兼営業部長に採用されると、大貫泰三のような口調に変わる。
田山逸子
誠の下宿の35歳の未亡人。三人の子供の母。小肥りした鳩のような女。30歳の独身の妹と、ミシンで百貨店に入れるエプロンを作る内職をし、卸商との交渉手腕があった。ひたむきときまじめを売りにし、理に積んだ持味のせいで男運が貧しい。誠と肉体関係を持ち、「太陽カンパニイ」の会計係となる。
どこかの役所を定年退職したと思われる50すぎの男。辛苦によごれた額と、いつも笑みを湛えていなければならないと教えこまれた眼と、貧相な鼻。いやに発音のはっきりしたよく動く口。
大学の演劇研究会の人員
「太陽カンパニイ」の客のふりをするサクラ。老けた男二人と、美人の女一人(野上耀子)。のちにみな事務員となり、耀子は社長秘書になる。
人夫
一日の労役を終え、黒牛の荷車を曳く人夫。誠から貰った千円を、耀子はその荷車の飼葉桶に放り込む。
藤代機械株式会社の会計課長
「太陽カンパニイ」の客。口髭を生やし、血色のよい頬。会社の会計の窮状を訴え金を借りる。社長・藤代十一は日経連に勢力を持つ。
取立ての男たち
誠に雇われた柄の悪い若者たち六人。
角谷元伯爵
中年男。藤倉男爵家から角谷伯爵家の養子になった男。財産を非常な早さですり減らし、六人いたが一人だけになる。立派で無内容な顔。禿げていて、目は柔和で小さく落ち着きはらっている。栗田というモグリの弁護士を持つ。栗田は伯爵が関係している外国煙草の密売買の一味。
角谷の妾。
莫連女。角谷に建ててもらった飯倉片町の邸に住んでいる。
小女
妾名義の邸宅の女中。
義足の男
夜の銀座の街で誠とすれ違った男。社を出るときにもすれ違った。蒼黒い顔をしてコールマン髭を生やしている。
少女
易と喫茶店で談笑していた少女。粗末な外套だが、光沢のある頬と、白い歯が光る明るい笑顔。

作品評価・解説[編集]

『青の時代』は、三島の他の大作や問題作と比べると注目度は低く、小ぶりなものとなっているために相対的に評価はあまりよくはないが、切れ味のよいアフォリズムがふんだんに盛り込まれ、作者が余裕をもって、シニシズムをたのしんでいる作品となっており[1]、その野心的な若々しさが、作品の出来不出来を越えて、魅力となっている[5]。第6章の後半で、主人公の少年期の記述から、一挙に6年間とばして空白があり、戦後へつないでいる構成も、他の作品との執筆との重複や、余裕のない締め切りを迫られ、充分な時間をとれなかったためと、三島が山崎晃嗣という人物自身が嫌いだったことと、書きたい魅力や意欲があまりそそられなかったためだと見られる[3][2]

また、同じ「光クラブ事件」を題材とした北原武夫の『悪の華』や田村泰次郎の『東京の門』などが、戦争の傷痕を負った主人公が破滅に向かう人生を痛ましく悲劇的同情的に描いているのに比べると、三島の主人公の捉え方には悲劇性は薄く、むしろ滑稽で喜劇的に描いている部分が見受けられる。よって、当時の評価は、山崎の悲劇が浮んでこない、同情よりも冷やかに見ているといった否定的なものもあるが、このような印象は、実は作品全体に貫かれている独特のアイロニー性によってもたらされた効果に起因しているという見方もある[6]守谷亜紀子は、北原武夫や田村泰次郎がもっぱら、「時代の悲劇性」に重点を置いて書いているのに対し、三島の『青の時代』は、「人間性そのものまでも虚偽とする世界観が、悲劇と喜劇の混合の内に描かれた」作品だと解説している[6]

本作がモデルの人物を十分消化しきらないで書かれたという一般的な評価に対し、柴田勝二は、「それはもっぱら作者三島由紀夫が山崎晃嗣という素材に対して、取り込みつつ否定する二面的な距離の取り方をしていることからもたらされている」[7]と述べ、三島は、山崎晃嗣という、「時代を生きつつ時代に生かされてしまった人間」を主人公として描く際に、「明らかにこの時代との密着を超克する方向性」を付与している解説している[7]。よって、文芸評論家の本多秋五が抱いた、素材の生かし方が「中途半端」であるという印象[8]は、半ば三島が人物造型の過程で意図して仕組んだ属性にほかならず、山崎を作中人物として語り直す際に、それに逆行する側面を、三島は主人公・誠に色濃く与えていると柴田は論じ、それは主に前半部分の少年期の叙述に示唆されていると指摘している[7]

そして柴田は、実在の山崎晃嗣が決して知の権化ではなく、世俗的欲望を多量に抱え、軍隊では物資の横流しもしていた多方面にわたる欲望を感受する体制の、ある意味では凡庸な内面の青年であったのに対し、本作の主人公・誠には物質的な欲望はほとんど捨象されている点を指摘しながら、「総じて誠は山崎とは違って、自己に複数の欲求を相互に相殺することによって、それらのいずれにも没入しまいとする人間であり、その主観の操作によって『人々は生活を夢見てゐた』と規定される『1940年代の後半』という時代と対峙しようとしている」[7]と解説し、『青の時代』の持つ不統一な印象は、こうした「観念的な主体としての“主観”」と、「外部の価値観を排する個的な実感としての“主観”」が野合されているところからもたらされているとし、また同時に、主人公・誠は元々こうした矛盾をはらんだ存在として語られているのだと説明している[7]

また、誠の後半部分での行動は決して動機も目的もないものではなく、山崎晃嗣という実在の人物を下敷きとすることにより、「時代背景に裏打ちされた動機の層」を濃密に備えており、その三島の意図は、「時代の波に身を託しつつ、そこで超越的な自己を保持しようとする人物の像を仮構すること」におそらくあっただろうと柴田は推測し[7]、それは、この時期の他の作品(『愛の渇き』の悦子、『親切な機械』の猪口)に、「当為としての『道徳律』を備えた人間」を登場させていることからも窺えるが、『青の時代』の主人公・誠はそれら人物に比べ、超越的な自己を保持するためにはあまりにも外側の世界に動かされやすい人間となっている述べている[7]。そして、三島文学を貫流する要素として、現実世界を距離をもって眺め下ろす視線に、三島のロマンティック・アイロニーの表出を見取った文芸評論家の野口武彦の解釈[9]に柴田は疑問を呈し、「果たして三島の現実に向けられた眼差しがそのようなものであったかどうかは疑わしい。むしろ三島の内面を託された人物たちは、現実世界に距離を取ろうとしながら、我知らず外界に魅せられてしまうのであり、その不如意の分裂のなかに彼らは生きている。川崎誠の分裂が示しているものは、まさにその主観的な距離が外界の牽引によって崩壊させられるアイロニーにほかならないのである」[7]と論じている。

おもな刊行本[編集]

脚注[編集]

  1. 1.0 1.1 西尾幹二「解説」(文庫版『青の時代』)(新潮文庫、1971年。改版1990年)
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 三島由紀夫「あとがき」(『三島由紀夫作品集2』)(新潮社、1953年)
  3. 3.0 3.1 3.2 佐藤秀明『日本の作家100人 三島由紀夫』(勉誠出版、2006年)
  4. 三島由紀夫「木村徳三への書簡」(1949年12月16日付)
  5. 5.0 5.1 松本徹『三島由紀夫を読み解く(NHKシリーズ NHKカルチャーラジオ・文学の世界)』(NHK出版、2010年)
  6. 6.0 6.1 守谷亜紀子『三島由紀夫「青の時代」におけるアイロニーの世界』(東京女子大学紀要論集、2007年3月)
  7. 7.0 7.1 7.2 7.3 7.4 7.5 7.6 7.7 柴田勝二「跳梁する主観―『青の時代』論―」(『三島由紀夫論集I 三島由紀夫の時代』)(勉誠出版、2001年)
  8. 本多秋五『物語戦後文学史』(新潮社、1966年。岩波現代文庫、2005年)
  9. 野口武彦『三島由紀夫の世界』(講談社、1968年)

参考文献[編集]

  • 文庫版『青の時代』(付録・解説 西尾幹二)(新潮文庫、1971年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第42巻・年譜・書誌』(新潮社、2005年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第2巻・長編2』(新潮社、2001年)
  • 佐藤秀明『日本の作家100人 三島由紀夫』(勉誠出版、2006年)
  • 松本徹『三島由紀夫を読み解く(NHKシリーズ NHKカルチャーラジオ・文学の世界)』(NHK出版、2010年)
  • 『三島由紀夫論集I 三島由紀夫の時代』(勉誠出版、2001年)
  • 守谷亜紀子『三島由紀夫「青の時代」におけるアイロニーの世界』(東京女子大学紀要論集、2007年3月) [1]
  • 守谷亜紀子『三島由紀夫「青の時代」論―「光クラブ事件」を素材とする他作品との比較を通して』(日本文学、2006年3月) [2]

関連項目[編集]

三島由紀夫
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