鏡音リンリン/サブページ 1

提供: Yourpedia
2008年11月5日 (水) 17:41時点における鏡音リンリン (トーク | 投稿記録)による版 (テスト記事)

移動: 案内検索

ダチョウ倶楽部ダチョウくらぶ)は、日本のお笑いトリオ。所属事務所は太田プロダクション

出川哲朗らと並んで、俗に言う「リアクション芸人」の代表格である。「ヤー!!」、「ムッシュムラムラ」など同じ言葉を連呼するギャグものまねなどを得意とする。

メンバー

元メンバー

  • 南部寅太(なんぶ とらた、現・南部虎弾) - 初代リーダー

来歴

肥後は商業デザイナーから転身してコメディアンの杉兵助に弟子入りし、渋谷道頓堀劇場でお笑い芸人として活動しており、寺門と上島は劇団テアトル・エコー附属養成所に所属する役者志望だった。彼らが知り合ったのはテアトル・エコーの先輩・渡辺正行の紹介である。

3人はコント赤信号劇団員として活動後、多人数のコント集団「キムチ倶楽部」として活動(キムチ倶楽部には俳優の近藤芳正なども在籍していた)、諸事情により現在のグループ名に改称し、南部寅太(現:南部虎弾)と共に「ダチョウ倶楽部」を結成した。初代リーダーは南部だったが、1987年に彼が脱退して電撃ネットワークを結成したため3人編成となる。

南部脱退の理由については、4人とも明確に語ろうとはしていないため、真相は不明。語られている説には以下のようなものがある。

  • 南部がメンバーに「金魚飲める?」「花火を背負いたい」「コントで使うオモチャのウンコを本物のウンコにしたい」など現在の電撃ネットワークの方向で行くことを要求したが、他の3人がそれを拒んだため。
  • ひょうきん予備校に出演した際に、南部がスタッフから「面白いから先輩を怒らせろ」と言われたのをいいことに、大先輩であったハナ肇に対し「あなたは本当に面白くないですね」と言い、ハナ肇を本当に怒らせてしまったため、事務所から脱退させられた。
  • 南部がテレビ番組で山本晋也に「山本監督は監督らしいことをしてないのに、どうして監督と呼ばれてるんですか?」と言ったところ、「本気で静か」に怒り、南部のみが番組降板となってしまい、後のダチョウ倶楽部強制脱退に繋がった。

なお、これらの噂について2008年4月23日放送の『大人の自由時間・なぎら開宝計画』(BS11)にゲスト出演した南部は、ハナ肇には「ハナさんは意外と真面目な方なんですね」と言ったら怒られた。山本晋也には「俺がどうして監督って呼ばれてるかわかるか?強いからだよ!」と言われスタジオの外に連行されたと発言している。

南部脱退後、事務所の指示で最年少ながら一番背の高い肥後がリーダーとなった。フロントマン兼リーダーの南部脱退により、当時太田プロに在籍していた芸人の間では南部なしのダチョウ倶楽部の行く先が危ぶまれたという。しかしショーパブ、ライブなど経て、お笑い第三世代ブームでブレイク。しかしネタ番組では一本ネタはさせてもらえず、ショートコントばかりという扱いであった。お笑いウルトラクイズにて後述するような独特な芸風を生かし再ブレイクする。今となっては余り知られていないが、かつてネタでは上島がツッコミ役であった、しかし笑福亭笑瓶の助言により、上島がボケ役に回った。

1993年10月からは初めてゴールデンタイムで『王道バラエティ つかみはOK!』のメイン司会を担当するが、視聴者から抗議が殺到し(特に上島のドリカム吉田美和のモノマネは大顰蹙を買った)、視聴率も苦戦した事から半年で打ち切られる(次番組は『クイズ悪魔のささやき』)。以後テレビではメインではなくサブとしての出演が中心となる。なお、台湾では、『つかみはOK!』を放送していた頃、彼らをパクった「アヒル倶楽部」なる男性3人組お笑いグループがいた(ダチョウ倶楽部同様に細身2人にデブ1人という構成)。

1994年の『24時間テレビ』のチャリティーマラソンでは3人同時に走った。

1995年、『ダチョーン倶楽部』内の上島企画「目指せ! ヒット曲」に於いて、Club D名義でシングルCDを1枚リリースした。

2006年、CS放送テレ朝チャンネルにて『ダチョ・リブレ』がスタート。「竜兵会」「ネイチャージモン」の2部構成。「竜兵上島のオチのない話」などオリジナル企画を放送。

エピソード

  • 2007年1月14日放送の『いつみても波瀾万丈』に三人で出演し、これまでのエピソードを振り返ったが、ダチョウ倶楽部がかつて4人組であったという事は一切触れられず、結成当時の写真が映された時に南部の顔はモザイクで消されていた。しかし、ビートたけしの番組にダチョウ倶楽部と電撃ネットワークそれぞれが出演した際、たけしが南部に「ダチョウをクビになったやつじゃねえか」と突っ込み、それに呼応してダチョウの三人が南部にネタとして殴る蹴るなどしてみせたことがある。
  • 土田晃之が「ダウンタウンDX」出演時に、「この3人はそれぞれが面白いエピソードをたくさん持っている。だけどトーク番組などで、この3人から面白いエピソードをあまり聞かない。その理由は、3人が全員、そのエピソードを話す話術を持っていないから。つまりダチョウ倶楽部という人たちは、話術を持っていない3人が集まったグループである。」と評したことがある。
  • 志村けんと多数の共演ができるようになったきっかけはプロレスラーの川田利明である。川田が上島を志村に紹介した。メンバーは川田にとても感謝している。
  • 全員関西以西の出身なのに、東京でデビューし、東京を活躍場所としているので、立場としては関東芸人とされている。「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」に出演した際、「関東の人間として関西芸人には負けられないよ!」などと意気込みを語っていたが、浜田雅功から「お前ら全員西(日本)の人間やないかい!」とツッコまれていた。
  • 第5回お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル』(2006年7月25日放送)では、普段の芸風とは違う真剣な面を見せて優勝した。
  • 近年は各メンバー単独での活動も多いが、以前はピンの仕事でもギャラを三等分していた。
  • ものまねの番組で肥後がテーブルクロス抜きを成功させたことがある。しかし後に「あれはストーリー上、派手に失敗して『失敗しました~♪』と続く予定だったのに成功しちゃったから一瞬固まりました」とコメントした。
  • 同じく物まねの番組でレオ三兄弟(肥後:森本レオ、寺門:ウルトラマンレオ、上島:ジャングル大帝レオ)が好評を博し、同番組の物まねリクエストで1位を取ったことがある。

主なギャグ

3人の計算されたコンビネーションで見せる芸が多い。その内容はウケる、ウケないではなく、もはや伝統芸の領域に入ってきている。またリアクション芸については、ノリだけで行っているように見える裏側に「リアクションの際はカメラを凝視する」「限界の状況でも常に安全を確認、かつ最低限のマージンを取って芸に臨む」など全てが計算されている。『アメトーク』出演の際のリアクション芸人講座など自分たちの芸について語る機会があると、リアクションシーン直前にカメラに写りこまない部分で行われる準備、リアクション中の様々なテクニックや、流れるようなフォーメーションが随所に織り込まれていることを解説している。

  • 聞いてないよォ」(1993年流行語大賞大衆部門・銀賞)
    • 彼らを一躍スターダムに押し上げた「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」(日本テレビ)で生まれたギャグ。最初は本当にこれから行われる企画をまったく聞いておらず、その企画で受けたあまりに過酷な仕打ちから、寺門が「聞いてないよォ」とポロリと言ったことから生まれた。その後、同番組で受ける企画がどんどん過激かつ過酷になるにつれて、本当にケガなどしたら危ないということで企画会議の段階から参加するようになったといわれる。よって、定番化した頃にはあらかじめ知っていたのに3人が声を揃えて白々しく吐くギャグとして認知されるようになった。一世風靡したこのギャグだが、近年はあまり披露されていない。
  • (上島)俺は絶対やらないぞ!(肥後)お前やらないの?じゃあ俺がやるよ!(寺門)いやここは俺がやるよ! (上島)・・・じゃあ俺がやるよ。(肥後&寺門)どうぞどうぞどうぞ!
    • 熱いおでんを食べるなどの過酷な企画を誰がやるか決める時のギャグ。「ナイナイナ」(テレビ朝日)の企画で偶発的に生まれたものである。
    • 逆さバンジージャンプなどのスタントをやる人を決める際、ナインティナイン石塚英彦らとともにこのギャグを演じるなど、他の芸人と一緒にこのギャグをやることもある。また上島の代表的な芸として認知されているため、上島しかいない場合でも他の芸人やタレントから彼に対して振られることもしばしばある。
    • 最大の人数でこのギャグを行なった例としては、2006年の「24時間テレビ」(日本テレビ)の深夜枠で熱湯コマーシャルを行なった時である。熱湯にダチョウの3人が入る流れになったのだが、上島以外のスタジオにいる芸能人全員ならびにカメラマンADなどのスタッフ全員(ざっと60人近く)が「いやいやオレがやるよ」と手を挙げ、最後に1人上島が「いや、ここはオレにまかせろ」と言って、スタジオ内の全員から「どうぞどうぞ」と促された。
    • その演者を選ばないギャグの汎用性の高さからか、近年では島田紳助も「クイズ!ヘキサゴンII」(フジテレビ)でこのギャグを出演者達に振ったのが確認されていたり(2007年)、ORANGE RANGEの2ndシングル『上海ハニー』の間奏部分でメンバーがこれを真似たトークを入れる等、数多くの人物や状況で使われている。
  • 訴えてやる!
    • 上島がキレて床に帽子を叩き付けたあと、指を指しながら吐き出すせりふ。バリエーションに、「告訴するぞ!」がある。このギャグも「聞いてないよォ」と同様に一世風靡したギャグだが、近年は上島が自身のネタ紹介的に披露する程度。キレてから帽子を取り出し、一度被ってから行うパターンや、なぜかこのギャグを長く引っ張って出し惜しみするというパターンもあり。
  • (肥後と寺門)テレビテレビ!カメラ回ってる!!(三人)すいません、取り乱しました
    • 「訴えてやる!」とのコンボで使う。これでその場をまるく収める。肥後と寺門が突っ込む前に上島が自分で「すみません」と納めて自己完結するというパターンもある。
  • クルリンパ
    • 上島の芸。クルリンパと言いながら、叩き付けた帽子を手際よく頭にのせる。「訴えてやる!」等とのあわせ技。ただし本人もいつ使っていいのか分からないことを後輩に漏らしている。(発展技として逆回転する「パラリンク」がある。ただし「クルリンパ」を正確に逆さに読むと「パンリルク」)
  • (上島)押すなよ!押すなよ!絶対に押すなよ!
    • 熱湯風呂に入るときの決まり文句で、「押すなよ」は準備中、「絶対に押すなよ」は準備完了(押してくれ)の合図である。初出は上島が熱湯兄弟の長男も務めた「スーパージョッキー」(日本テレビ)の名物企画・熱湯コマーシャル
    • 上島の解説では、このセリフを言う直前に肥後・寺門に指を出し、その指の本数分「押すなよ」と言ったら2人が押すという時もある。
    • 現在では熱湯以外のシチュエーションにおいても、「~するな」という文句が暗に「~しろ」と示しているものとし、お笑いにおける暗黙の了解の一つとして用いられている。
  • ヤー!!」(登場時の掛け声として多用。掛け声と同時に、両手を斜め前に出すが一方の手を短くしズラす)
  • ムッシュムラムラ」(目の前に水着美女がいたとき拝むように放つ。元は関敬六のギャグ)
  • つかみはOK!」(あまりウケないギャグをやった後に行うが、初めからこのネタを言うためにその前のギャグが存在することすらある。初の冠番組のタイトルにもなる)
  • みんな仲良く脇(和気)・アイ!アイ!
  • 金貸してくれ!
  • (「バカじゃないの?」などと言われた後、怒ったような感じで)「何?バカ?」 (急にバカっぽく)「はは~ん、バカだなぁ!
  • ごめ~んなチャイチャイチャイニーズ
  • ストッピング!
  • この○○(料理名)は甘からず、辛からず、かといって美味からず」「まずいんじゃね~かよっ!」(以前自動車雑誌「J's Tipo」で別人による同じネタが掲載された。ただそのときのオチは「もう食うな!!」だった。)
  • ヨゴレでごめーんねっ
  • カットしないでね
  • そんなお前にチェックメーイト!
    • このギャグもいつ使うべきなのか分からず、いまだ手探りである。
  • 上島竜兵。代表作これと言ってなし
  • ナイスネイチャー!
    • 寺門がネイチャージモンとして相手を褒めるときに使う褒め言葉。対語は「バッドネイチャー
  • フェー!フェー!フェー!」(上島がやるフェーフェーおじさん)
  • 殺す気か!」これをグレードアップさせた「殺せー!

出演メディア

※ダチョウ倶楽部としての出演番組を記載。個別での出演番組は肥後克広寺門ジモン上島竜兵を参照。

レギュラー出演番組

単発

過去

CM

パチンコ

  • CRフィーバーダチョウ倶楽部(2002年、ダイドー
  • CRフィーバーボビーとダチョウ倶楽部の世界紀行(2006年、SANKYO

CDシングル

DVD

書籍

  • FromD―リアクション芸人就職情報(2006年、双葉社)ISBN 4575299251

関連項目

外部リンク

フジテレビ お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル王者
第4回
長州小力
第5回
ダチョウ倶楽部
第6回
タカアンドトシ
24時間テレビ チャリティーマラソンランナー
1993年
間寛平
1994年
ダチョウ倶楽部
1995年
間寛平
先代:
-
天てれ メイン司会者

(1993年4月 - 1996年3月)
ダチョウ倶楽部

次代:
キャイ〜ン

テンプレート:天てれ司会者