心中

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心中(しんじゅう、旧仮名遣い:しんぢゆう)とは、本来は相思相愛の仲にある男女が双方の一致した意思により一緒に自殺または嘱託殺人すること。情死とも。

概説[編集]

相愛の男女がその愛情の変わらないことへの誓いの証として、情死(じょうし)とも言われることから、転じて二人ないし数人の親しい関係にある者たちが合意の上で一緒に自殺すること(例:一家心中)。さらに合意のない殺人でも、状況により無理心中と呼ばれることがある。

現代の心中の種類[編集]

情死
相愛の男女による心中。この世で結ばれないことから、来世で結ばれることを願う。
一家心中
一家そろって自殺する事で、家族心中・親子心中ともいう。
ギャンブルや異常浪費でサラ金からの多額の借金を抱える多重債務や、生活弱者家庭(一人親家庭(主に母子家庭)・障害者と同居している家庭・高齢者と子供(満15歳未満)のみの家庭)における生活保護費の減額による生活苦に陥って心中する事例もあるが、近年では老老介護介護疲れや生活苦による高齢者の親子や夫婦による一家心中など、多様化している。
無理心中
恋愛のもつれから恋人を殺害して自殺する場合など、相手の合意無く行われる心中で、首謀者が相手を殺害したうえで自殺を図る。実際は殺人として扱われ、首謀者が生き残れば殺人罪に問われる[1]
自分が自殺しようとしたとき、自分の子(稀に親)が現世に一人残されるのを不憫に思い、子(または親)を殺して自殺するなど、相手の意志や人権を無視したケースもある。
例えば一家心中の状況で子供を殺害して心中に及びながら当人だけは生き延びた場合など、非難の意味を込めて無理心中と呼ぶ場合がある。
テンプレート:いつ範囲ではストーカーが最終手段としてストーカー被害者を殺害して自殺するというケースが報告されている。
ネット心中
インターネット自殺系サイト等で知り合った見ず知らずの複数の他人が、一緒に自殺すること。お互いに全く繋がりがないという点が、従来の心中とは異なっており、社会問題として取り上げられる事が多い。状況としては2人以上の複数人で、密室や自動車の中で練炭をたいての集団自殺をする事例が多い。

各国の心中[編集]

心中は古くから世界中にその類例があり、決して日本特有の現象ではない。

たとえば、中国の少数民族の一つナシ族の一部の集団は、(1)父系の親族組織で、財産・家屋は男子が相続し、女子の地位は一般的に低く、年頃になると両親から相手方の両親に売り渡された(2)結婚の相手は親同士の間で決められ、そのため若い男女の多くがその愛を成就するため心中した(3)したがって、他族に比して心中の率が非常に高かった、とされている[2]。また、親子心中は日本以外の国にも存在する[3]

日本における心中の歴史[編集]

心中立[編集]

「心中」は本来「しんちゅう」と読み、「まことの心意、まごころ」を意味する言葉だが、それが転じて「他人に対して義理立てをする」意味から、「心中立」(しんじゅうだて)とされ、特に男女が愛情を守り通すこと、男女の相愛をいうようになった[4]。また、相愛の男女がその愛の変わらぬ証として、髪を切ったり、切指や爪を抜いたり、誓紙を交わす等、の行為もいうようになる[5]。そして、究極の形として相愛の男女の相対死(あいたいじに)を指すようになり、それが現代にいたり、家族や友人までの範囲をも指すようになった。

男女の永久相愛の意味での自殺は、元来日本の来世思想にもよる。近世で本格化されるが、当初、遊廓遊女が客に、心をこめる箱を意味する心中箱を渡す風習があった。これが、心中の前身であったと言われる。初期には心中箱に爪などを入れるが、しだいに断髪を入れるようになり、さらには遊女が20代後半になると引退ということになり、客に最後にわたす意味で、指を切って渡した。当時の心中が文学作品の影響や、情死を美化する日本独自の来世思想(男女が情死すると、来世で結ばれる)から、遊廓を逃亡した遊女などが気に入った客と情死する=心中するという意味に移行するに至ったとする説がある[6]

やがて自らの命をも捧げる事が義理立ての最高の証と考えられたことから、現在の心中の意味になった。情死を賛美する風潮も現れ、遊廓遊女と心中する等の心中事件が増加して社会問題となる。

関西第一の遊郭として栄えた松島遊郭についての大正期の新聞記事によると、年平均14-15件の情死があり、春夏、秋冬といった季節の変わり目に増え、一度情死者が出るとそれに続く情死が必ず増えた[7]。人気の出なかった新参の娼妓に多く、客がつかないために雇い主からは冷たくされ、家に帰ることもできず、死の道連れとして男に情死をもちかけたり、借金苦の男から誘われる場合もあり、無理心中もあった[7]

心中立の種類[編集]

主に「心中立」には、1) 誓詞(せいし)、2) 放爪(ほうそう)、3) 断髪、4) 入れ墨、5) 切り指、6) 貫肉があった[4]

誓詞
誓詞は「起請文」ともいい、本来は2枚の熊野牛王符を料紙として用い(誓約を破ると祟りがあり死ぬとされた)、裏面に誓詞を書き[4]、一枚は証拠として渡し一枚は燃やして灰を酒に溶かして飲んだ。掌の印を押捺することもあったが、「血判」といい血で押捺し、あるいは「血書」といって血で文字を書くこともあった[4]。男は左手の、女は右手の、中指あるいは薬指の上の関節と爪の生え際との間を、古くは剃刀、小刀で、のちに針で刺し、血液を落とす[4]。血書であれば折り紙とし血液の不足する箇所は墨を加える。遊女に書かせた起請文を焼き、炭を飲ませることもあった。
放爪
「放爪」は、「爪印」ともいった。爪を抜く秘訣は爪の周りを切回し、酢に浸して柔らかくして抜けば痛くはないとされ(酢に麻酔効果はないので痛い)、男に頼まれないのに女のまごころからおこなったという(爪は抜いても普通はまた生えてくる)。『好色一代男』巻4の2「形見の水櫛」に記載がある[4]
断髪
断髪は、頭髪を切り、男に贈り、他意の無いことを示した。切るべき所を2寸ほどあけて、上下を元結でしめくくり、その上を紙で巻いて切った。自ら切り、また男に切らせた。『好色一代男』には、死者の黒髪、生爪をはがして遊女がそれをせずとも心中を渡せるように売る農夫の話が見える。
入れ墨
入れ墨は、「起請彫(きしょうぼり)」</rp></ruby>といい、多くは男の力でさせ、男の名を彫った。たとえば「徳右衛門」であれば「とくさま命」と「命」の字を名の下に付ける場合もあった。これは命の限り思うという意である。「十兵衛」であれば「二五命」、「清助」であれば「きよ命」、ときには名字の片字、名乗の片字を上腕に彫り込んだ。針を束にしてその箇所を刺し、兼ねて書いたとおりに墨を入れる。
切り指
「切り指」は、手の指先を切り落とすことで、切るには介錯の女性を頼み、入り口の戸は密閉し、掛けがねをかけ、血留薬、気付薬、指の包み紙などを用意する。木枕の上に指をのせ、介錯の女性に剃刀を指の上にあてがわせ、介錯の女性に片手で鉄瓶、銚子を上から力任せに打ち落とさせる。このとき指は拍子で遠くに飛ぶ。新町吉田屋で某太夫が2階で指を落としたところ、指の所在が分からなくなり、男が承知しないのでまたほかの指を落としたという話がある。指は神経が細やかな所で切れば激痛に苦しむことになる。
貫肉
「貫肉」は、腕であれ腿であれ、刀の刃にかけて肉を貫くことで、女には少なく、男色関係に多い。

心中物[編集]

詳細は 心中物 を参照

情死を主題とする物語を心中物という。近松門左衛門の『曽根崎心中』、浮世草子『心中大鑑』、落語品川心中』等が知られる。

江戸幕府による取締[編集]

心中はこうして社会問題へと発展した結果、幕府側から厳しい取締りが行われた。江戸幕府は「心中は漢字の「忠」に通じる」としてこの言葉の使用を禁止し、「相対死」(あいたいじに)と呼んだ。心中した者を不義密通の罪人扱いとし、死んだ場合は「遺骸取捨」として葬儀埋葬を禁止し、一方が死に、一方が死ななかった場合は生き残ったほうを死罪とし、また両者とも死ねなかった場合は非人身分に落とした。

主な心中事件[編集]

関連する作品[編集]

補注[編集]

  1. 被害者に同意の上で殺害した場合には、その罪は刑法202条で6ヶ月以上7年以下の懲役・禁錮と定められており、通常の殺人罪より処罰は軽いが、殺人罪に変わりはない。
  2. 村井信幸「ナシ族(納西族)」、平凡社『世界大百科事典』の一項目
  3. 原島陽一心中」、小学館『日本大百科全書』、Yahoo!百科事典の一項目
  4. 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 4.5 大掛麻央「『好色五人女』巻四 恋草からげし八百屋物語」の考察 」広島女学院大学国語国文学誌39,2009
  5. 松村明編「旺文社古語辞典」旺文社、「心中」より
  6. 杉本つとむ『女のことば誌』雄山閣出版 1975
  7. 7.0 7.1 松島遊廓の研究法律新聞 1916.9.13
  8. 森達也 (2003) 森達也 [ 放送禁止歌 ] 知恵の森文庫 2003 4-334-78225-6 p.110

関連項目[編集]

関連文献[編集]