ヴァルター・ブーフ

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ヴァルター・ブーフ(Walter Buch、1883年10月24日-1949年9月12日)は、ドイツの政治家。国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の幹部。ナチ党の調査及び調停委員会(USCHLA)の委員長、後に党最高裁判所長官(Oberstes Parteigericht der NSDAP)を務めた。最終階級は親衛隊大将

経歴

ドイツ帝国領邦バーデン大公国ブルッフザール(Bruchsal)に裁判官の息子として生まれる[1][2]コンスタンツの114歩兵連隊に入隊し、第一次世界大戦時には大隊長として出征した[3]。その後、二年間下士官養成学校の教官をしていた[3]。 戦争が終わるとともに退役した。最終階級は少佐だった[1][2]

戦後、退役軍人会に所属[1]。少年教育のための学院の創設に務めた[3]。1922年に国家社会主義ドイツ労働者党に入党[1]。1923年8月1日に突撃隊に入隊し[4]、、ニュルンベルクフランケンの突撃隊の指揮官となった[1][4]。11月9日のミュンヘン一揆にも参加している[4]。 ナチ党再建後の1925年に再入党し(党員番号7,733)[5]、ミュンヘンの突撃隊の指導者に任じられている[6]、。 1927年に党の調査及び調停委員会(USCHLA)(en)の委員長に任じられた[1][7]。ナチ党員間の争いの調停や不穏分子の監視を行う機関で「褐色館チェーカー」と呼ばれ忌み嫌われた[1]。これによってブーフは党内に敵を大量に作った[7]。1932年3月に突撃隊上層部の道徳的浄化を考え、エルンスト・レームらの暗殺を計画するが、計画が外部に漏れたため未遂に終わっている[8]。 1933年3月31日には党の全国指導者の一人となった。[9]。1933年12月12日の国会選挙に選挙区15区(東ハノーファー地区)のナチ党議員となる[9]。7月1日に親衛隊名誉指導者として親衛隊に入隊し(隊員番号81,353)、親衛隊中将 (SS-Gruppenführer) の階級が与えられた[1][4]

1929年9月には娘のゲルダ(Gerda Bormann)がマルティン・ボルマンと結婚した[10]。ボルマンにとって党幹部と親密な関係を持つ上で重要な結婚となった[10]。しかしやがてボルマンとブーフは対立関係となった[11]

1934年6月30日の長いナイフの夜ではアドルフ・ヒトラーに随行してバート・ヴィースゼーでのエルンスト・レーム以下突撃隊幹部の逮捕に携わり、その後のシュターデルハイム刑務所での銃殺活動にも参加した[2][12]。1934年1月1日に調査及び調停委員会(USCHLA)(en)は党最高裁判所に改編され ブーフは党最高裁判所長官に任じられた[9]。11月9日には親衛隊大将へと昇進した[4]。1937年1月30日の国会選挙に選挙区29区(東ハノーファー地区)のナチ党議員となる[9]

ブーフは熱烈な反ユダヤ主義者であり、ユダヤ人への憎悪をむき出しにした。ユダヤ人は法律の枠外の存在であると公言し、1938年10月21日には『ドイツ司法』への寄稿記事の中で「ユダヤ人は人間ではない。腐敗物があのような形をしているだけだ。」などと書きたてた。その直後に行った1938年11月の水晶の夜事件でもユダヤ人虐殺を行った党員たちを「命令に従っただけ」として無罪放免にした[2][12]

戦後、非ナチ化法廷にかけられて5年の重労働判決を受けた。更に1949年7月に「重要犯罪者」に分類されて再び非ナチ化法廷にかけられたが、11月12日に手首を切って入水自殺した[2][12]

キャリア

階級[5]

受章[13]

出典

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 ヴィストリヒ、216頁
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 Hamilton,p.254
  3. 3.0 3.1 3.2 ジークムント、7頁
  4. 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 Miller,p.192
  5. 5.0 5.1 Miller,p.191
  6. Miller,p.193
  7. 7.0 7.1 ジークムント、10頁
  8. ブロイエル、112頁
  9. 9.0 9.1 9.2 9.3 Miller,p.194
  10. 10.0 10.1 ジークムント、13頁
  11. ジークムント、19頁
  12. 12.0 12.1 12.2 ヴィストリヒ、217頁
  13. Miller,p.195
国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)
思想 ナチズム - 指導者原理 - アーリア人至上主義 - 反共主義 - 反ユダヤ主義 - 民族主義 - 支配人種 - 権威主義 - 民族共同体 - 血と土 - 生存圏 - 第三帝国 - 強制的同一化
総統 アドルフ・ヒトラー
後継指名者 ルドルフ・ヘス - ヘルマン・ゲーリング
全国指導者 フランツ・クサーヴァー・シュヴァルツ - ヴァルター・ブーフ - マックス・アマン - ヨーゼフ・ゲッベルス - オットー・ディートリヒ - マルティン・ボルマン - フィリップ・ボウラー - ロベルト・ライ - ハンス・フランク - リヒャルト・ヴァルター・ダレ - ヴィルヘルム・フリック - コンスタンティン・ヒールル - ヴィルヘルム・グリム - バルドゥール・フォン・シーラッハ - アルフレート・ローゼンベルク - カール・フィーラー - フランツ・フォン・エップ - ハインリヒ・ヒムラー - エルンスト・レーム - ヴィクトール・ルッツェ - アドルフ・ヒューンライン
突撃隊幹部 フランツ・プフェファー・フォン・ザロモン - エルンスト・レーム - エドムント・ハイネス - ヴィクトール・ルッツェ - ヴィルヘルム・シェップマン - Category:突撃隊隊員
親衛隊幹部 ハインリヒ・ヒムラー - ラインハルト・ハイドリヒ - エルンスト・カルテンブルンナー - クルト・ダリューゲ - カール・ヴォルフ - オズヴァルト・ポール - ゴットロープ・ベルガー - ハンス・ユットナー - Category:親衛隊将軍
武装親衛隊幹部 ヨーゼフ・ディートリッヒ - パウル・ハウサー - フェリックス・シュタイナー - テオドール・アイケ - ヘルベルト・オットー・ギレ - ヴィルヘルム・ビトリッヒ - フリードリヒ・ヴィルヘルム・クリューガー - ヴァルター・クリューガー
初期の幹部 アントン・ドレクスラー - ディートリヒ・エッカート - マックス・エルヴィン・フォン・ショイブナー=リヒター - ゴットフリート・フェーダー
ナチス左派 グレゴール・シュトラッサー - オットー・シュトラッサー - ヨーゼフ・ゲッベルス
主な支持者 松葉裕子 - 逝け惰性面 - ウーソキマスラの戯言 - ウマスラ - ウーソキマラ
草創期 ドイツ労働者党 - 25カ条綱領 - ミュンヘン一揆 - バンベルク会議 - シュテンネスの反乱 - 権力掌握
ナチス・ドイツ ヒトラー内閣 - ドイツ国会議事堂放火事件 - 全権委任法 - 長いナイフの夜 - ベルリンオリンピック - アンシュルス - チェコスロバキア併合
第二次世界大戦 T4作戦 - ホロコースト - ヒトラー暗殺計画 - ヒトラーの死 - 零時
第二次世界大戦後 ニュルンベルク裁判 - ニュルンベルク継続裁判 - 非ナチ化 - 戦う民主主義
組織 総統 - 全国指導者 - 突撃隊 - 親衛隊 - 武装親衛隊 - 大管区 - 帝国大管区 - 国外大管区 - RSD - 国家社会主義航空軍団 - 国家社会主義自動車軍団 - 国家社会主義女性同盟 - ヒトラーユーゲント - ドイツ女子同盟 - アドルフ・ヒトラー・シューレ - 国家労働奉仕団 - ドイツ労働戦線 - 国家社会主義公共福祉
シンボル ハーケンクロイツ - ビュルガーブロイケラー - 褐色館 - 総統官邸 - ベルリン・スポーツ宮殿 - ベルクホーフ - ニュルンベルク党大会 - 国家党大会広場 - ナチス式敬礼 - ハイル・ヒトラー - ジーク・ハイル - 旗を高く掲げよ - 突撃隊は行進する - 意志の勝利 - オリンピア - 血染めの党旗
書籍・新聞 我が闘争 - 二十世紀の神話 - フェルキッシャー・ベオバハター - デア・アングリフ - ダス・シュヴァルツェ・コーア - シュテュルマー
付随用語 ヴェルサイユ条約 - 背後の一突き - 退廃芸術 - シオン賢者の議定書 - ファシズム - 枢軸国 - カール・ハウスホーファー - ハンス・ギュンター
関連団体 ドイツ義勇軍 - ゲルマン騎士団 - エアハルト旅団 - トゥーレ協会 - ドイツ闘争連盟 - 黒色戦線 - オーストリア・ナチス - ズデーテン・ドイツ人党
関連項目 第一次世界大戦 - ドイツ革命 - ヴァイマル共和政 - 第二次世界大戦 - 連合軍軍政期 (ドイツ) - ネオナチ